手術中に44マイクロメートルの腫瘍塊を可視化
このナノ粒子が画期的なのは、肉眼では見えない小さながん細胞の塊まで「光らせて見せる」ことができる点です。
UTSのシー教授によると、手術中は高感度な画像診断剤として機能し、近赤外線の波長で蛍光色素が光ることで、わずか44マイクロメートル(0.044ミリ)という極小の腫瘍細胞クラスターまで可視化できるとのこと。これは現在の臨床画像診断ツールを超える解像度です。
「During surgery, it functions as a highly sensitive imaging agent. A fluorescent dye engineered onto the sheet glows under a near-infrared wavelength invisible to the naked eye, allowing surgeons to see individual tumor cell clusters as small as 44 micrometers, a resolution beyond current clinical imaging tools.」(手術中は高感度な画像診断剤として機能し、近赤外波長で光る蛍光色素により、現在の臨床画像ツールを超える解像度で44マイクロメートルの腫瘍細胞クラスターまで見える)
さらに、ナノ粒子に付けられた標的分子が血液脳関門を通過し、膠芽腫細胞に特異的に集積する設計になっているため、健康な脳組織を傷つけずに腫瘍だけを狙い撃ちできる仕組みです。
術後に同じ粒子で残成がん細胞を破壊する二段構え
目に見える腫瘍を取り除いた後も、顕微鏡レベルの小さながん細胞は脳の中に残っている可能性があります。これが再発の大きな原因です。
この新しいナノ粒子は、手術後にもう一度活躍します。手術で開いた部分に再び投与し、同じ近赤外線の光を当てると、今度は治療モードに切り替わります。
「白金原子が腫瘍自身の過酸化水素を酸素に変換することで、通常はがん細胞を治療から守っている低酸素環境を打ち消します。同時に光が熱と反応性分子を生成し、手術では届かなかった顕微鏡レベルのがん細胞を破壊します」
つまり、がん細胞が持っている物質を逆手に取って酸素を作り出し、光の力で残った細胞を狙い撃ちする仕組みです。手術で取り切れなかった目に見えない敵を、光で照らして退治するイメージですね。
マウス実験で60日後生存率100%、手術単独は42日
膠芽腫のマウスモデルを使った実験では、このナノ粒子治療によって腫瘍の再発が抑えられ、治療を受けたマウスは60日後も全個体が生存していました。一方、手術だけを受けたマウスの生存期間は平均42日だったと報告されています。
この結果は、手術で取り除けなかった微小ながん細胞が後に再発の原因となる問題に、ナノ粒子による術後治療が有効に働いた可能性を示しています。
追跡調査では、治療を受けたマウスに神経学的な障害や運動機能の低下は検出されなかったとのことです。ただし研究チームは「これはあくまでマウスでの初期段階の研究結果であり、人間での効果とは区別して考える必要がある」と強調しています。
人間の脳のスケールで同じ画像精度や治療効果が得られるかは、今後の臨床試験で確認していく必要があります。
人間での検証はこれから、スケール拡大が課題
ここまで読んで「すごい技術だな」と思った方も多いと思います。でも、研究チームのシー教授自身が「結果は非常に心強いものですが、これはまだ初期段階の研究であり、マウスモデルで実施されたものであって、人間ではないという点が重要です」と強調しています。
つまり、まだ動物実験の段階なんですね。人間の脳はマウスとは比べものにならないほど大きく複雑なので、同じナノ粒子が人間の脳でも同じように画像化や治療の性能を発揮できるかは、これから確認していく必要があります。
「その画像化と治療性能は、人間の脳のスケールでも確認される必要があります」
とシー教授は述べています。スケールが大きくなると、光の届く範囲や薬剤の分布、血液脳関門の通過効率なども変わってくる可能性があるからです。
それでも、「もしこのプロセスを通じて効果が維持されるなら、外科医がいつか手術中により多くの腫瘍を見ることができ、術後に残ったものをより多く治療できるようになる希望があります」とシー教授。再発を減らすという、膠芽腫患者にとって最大の課題の一つに対する意義あるステップだと位置づけています。
臨床応用までにはまだ時間がかかりますが、この技術が将来、患者さんの希望の光になる日が来るかもしれません。